小林源文「Combat Comic」極めて面白い。鉛筆の下書きが完全に消されてないのが、なんだろうこれは。こういう味なのか。輪郭も迷い線だらけで、これもこれで描画の味というべきか。
だんだん絵が雑になっていく気がする。気のせい気のせい。
日本ではガールズパンツァーは許されるがこういうゴリゴリの戦記マンガは、こそこそ読むしかないんだろうな。
小林源文「Combat Comic」極めて面白い。鉛筆の下書きが完全に消されてないのが、なんだろうこれは。こういう味なのか。輪郭も迷い線だらけで、これもこれで描画の味というべきか。
だんだん絵が雑になっていく気がする。気のせい気のせい。
日本ではガールズパンツァーは許されるがこういうゴリゴリの戦記マンガは、こそこそ読むしかないんだろうな。
小林源文「Omega 7」非常に面白い。kindle unlimited で vol.3 まで読める。大変ありがたい。
ただ、登場人物の顔がまったく区別がつかない。佐藤三佐はデブで顔に傷があるからわかる。中村もメガネかけているからわからんでもない。小松もわかるといえばわかるけれども、とにかくわかりにくい。白人、日本人、その他、全然区別がつかない。描いている人もきっと描き分けるのに苦労したのだろう。あまりそういうのが得意には思えない。
だからきっと、Cat Shit One みたいに、動物を登場人物に使うようにしたんだろうな。
しかし、Omega 7 のほうが絵にリアリティがあってはるかに面白いといえる。
途中、佐藤三佐が二佐になったので昇進したのかと思ったら三佐に戻っていた。なんなのか。
梅本、田中もわかってきた。vol.2 からかなり丁寧に描き分けるようになったような気がする。たいへんだなあ。
泉昌之「かっこいいスキヤキ」新装版 (kindle unlimited)、なんか2つくらい新しい話が追加されていた。ドローンとタッチパネルメニューが出てくる。いかにも今風。
鈴木みそは、2013年に kindle 出た直後にデジタル出版に進出して当てたのだろうな。その後はもうギャグ路線は捨てて完全にコンサルみたいなマンガばかり描いている。一般読者よりも企業向けに仕事したほうが確実に儲かるのだろう。
丸岡九蔵。とりあえず unlimited は全部読んだ。
小林源文(cat shit one など)がたくさん unlimited で読めるようになっている。どんどん読む。
浦沢直樹「マスターキートン」が期間限定無料なので、仕方なく読む。
「まんだら屋の良太」もほぼ全部 unlimited で読める。
鈴木みそが描いたマンガを時系列に列挙してもらうことはできますか。
鈴木みそ先生の代表的なマンガ作品を、発表・連載開始時期の時系列に沿ってまとめました。
あんたの夢かなえたろか
1987年
デビュー作(コミック読本増刊掲載)。イラストルポルタージュ風の独特な作風で活動を開始。
オールナイトDEプラモ
1992年 – 1993年
『月刊コミックビーム』などの前身誌期に連載されたプラモデル業界取材ルポマンガ。
おとなの王国
1993年 – 1998年
『ファミコン通信(現ファミ通)』誌上で連載された大ヒットルポマンガ。様々な業界・サブカルチャーの裏側に体当たりで取材するスタイルを確立。
銭(ゼニ)
1999年 – 2008年
『コミックビーム』にて長期間連載された代表作。社会の「お金の仕組み」や多種多様な職業の裏側をリアルかつコミカルに描き大ヒット。
限界集落(ギリギリ)コミック
2009年 – 2011年
限界集落とコスプレ・同人文化を掛け合わせた社会派コメディ作品。
ナナとミオル
2011年 – 2012年
東日本大震災後のエネルギー問題や生活の変化を題材にしたフィクション・ルポ作品。
電子書籍で1000万円儲ける方法
2013年
Kindleを中心とした個人出版の実証実験と売上データをリアルタイムで公開し、マンガ界の電子出版ブームのパイオニアとなった実録作品。
ナナとミオル (続編・単行本化等)
2014年頃
電子書籍でのセルフパブリッシングを本格化させつつ、過去作の電子化や個人出版活動を展開。
チャンネルはいつも荒れ模様
2018年 – 2019年
YouTuberや配信者、ネットコミュニティの光と影を描いたWeb漫画。
ナナとミオルは、ナナのリテラシーのことですか。
ご指摘の通りです。正しくは『ナナのリテラシー』(2012年〜2015年連載)です。先ほどの記述に誤りがありました。訂正してお詫び申し上げます。
『ナナのリテラシー』は、ゲーム業界や電子書籍、ネットビジネスといった現代のデジタルコンテンツ産業の裏側や構造を、主人公の女子高生・ナナが「リテラシー(読み解き・活用する能力)」を身につけながら学んでいくドキュメンタリー風のフィクション作品です。
鈴木みそ先生の年表を正しく修正すると、以下のようになります。
あんたの夢かなえたろか
1987年
デビュー作(コミック読本増刊掲載)。イラストルポルタージュ風の独特な作風で活動を開始。
オールナイトDEプラモ
1992年 – 1993年
プラモデル業界取材ルポマンガ。
おとなの王国
1993年 – 1998年
『ファミコン通信(現ファミ通)』で連載された大ヒットルポマンガ。様々な業界の裏側に体当たり取材するスタイルを確立。
銭(ゼニ)
1999年 – 2008年
『コミックビーム』連載の代表作。社会の「お金の仕組み」や多種多様な職業の裏側をリアルかつコミカルに描く。
限界集落(ギリギリ)温泉
2009年 – 2011年
限界集落と過疎化、コスプレ・アニメイベントによる地域活性化を描いた社会派コメディ作品。
ナナのリテラシー
2012年 – 2015年
電子書籍、ソーシャルゲーム、ITビジネスなどの裏側を描き、ネット時代のコンテンツビジネスを読み解くストーリー漫画。
電子書籍で1000万円儲ける方法
2013年
Amazon Kindleでの個人出版の実証実験と売上データをリアルに公開し、マンガ界の電子セルフパブリッシングの金字塔となった実録作品。
チャンネルはいつも荒れ模様
2018年 – 2019年
YouTuberや動画配信者、ネットコミュニティの光と影を描いた作品。
極めて不正確なのに驚く。オールナイトDEプラモとはオールナイトライブのことか。やはり、鈴木みそではネット上に十分なサンプリング数が無いのだろう。マイナーな作家ほど嘘を書かれてしまう危険性が高いということか。
私が最初に鈴木みそを読んだのはたぶん「銭」だろう。鈴木みそが2013年以降 kindle でマンガを出し始めてそれで話題になって私も読んだのかと思ったが、それ以前に「銭」「限界温泉」は紙の本で買っていた。「はかもなきこと」によれば「オールナイトライブ」を2005年に読んだと書いているので、「銭」を読んだのもたぶんその頃だろう。
たぶんコミックビームを読んでいたのだろうが、よく覚えていない。
韃靼タイフーンを改めて読んだのだが、めちゃくちゃな話だが、それが良い。これにくらべればガンダムオリジンなどゴミだ。富野由悠季すら遥かに凌駕している、と誇張無しに言って良い。しかし、この韃靼タイフーンがアニメ化される可能性はほとんどあるまい。安彦良和が公式になんと言っているか知らぬが、ガンダムオリジンはガンダムなら売れるからつくりますよと言われてまんざらでもないから作ったものだ。
しかし、王道の狗や、虹色のトロツキー。これらがアニメ化される可能性がゼロであることを知って、安彦良和は自分の人生に見切りをつけたのだろうと思う。
改めて見て思ったが、彼は、クルドの星で書ききれなかったことをこの作品で書いたのだ。アララト山の麓でロシア軍の戦車がクルド戦士を蹴散らす、あのシーンの続きが書きたかったのだ。多分、思う存分書ききれて満足だったに違いない。
安彦良和原作のアニメ(笑)。『アリオン』『ヴイナス戦記』『巨神ゴーグ』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』
安彦良和原作の作品で今までに映像化されたものはありますか。
安彦良和氏が「原作(または原案・企画)」を務め、映像化(アニメ化)された作品は複数存在します。自身で監督を務めている作品も多くあります。
主要な映像化作品は以下の通りです。
※なお、『機動戦士ガンダム』(初代)や『機動戦士Zガンダム』『勇者ライディーン』などは、安彦氏がキャラクターデザインや作画監督を担当した作品であり、原作ではありません。
たぶんそれらは頼まれ仕事で作ったものだと思います。王道の狗、虹色のトロツキー、クルドの星、韃靼タイフーンなどはなぜアニメ化されないのでしょうか。
ご指摘の通り、『王道の狗』『虹色のトロツキー』『クルドの星』『韃靼タイフーン』といった作品群は、安彦良和氏が自らの歴史観や探求心を色濃く反映させて描いた「純粋なオリジナル歴史・近代史作品」です。
これらの名作がアニメ化されない(あるいは企画として実現しにくい)背景には、アニメビジネスや表現における特有の構造的な理由がいくつか存在します。
『虹色のトロツキー』は満州国やノモンハン事件、『王道の狗』は明治維新後のアジア主義やアイヌ・朝鮮の歴史、『クルドの星』は中東・クルド人問題を扱っています。
一般的なテレビアニメや劇場アニメは、関連グッズ(フィギュア、ゲーム、プラモデル等)の販売や、幅広い層へのマス向け展開で資金を回収します。
安彦氏は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の映像化を完結させた際にも、「これが最後のアニメ仕事」という旨の発言を度々されています。ご本人が「監督」として先頭に立ち、莫大なエネルギーを注ぎ込まない限り、安彦氏の歴史漫画の空気感を正しく映像化できる演出家が他に存在しにくいという点も大きな理由です。
アニメ業界の商業的・政治的制約により映像化のハードルは極めて高いですが、近年の「大人向け配信アニメ(Netflix等)」の市場拡大によって、将来的にはこうした重厚な歴史名作が再評価される可能性もゼロではありません。
ゴールデンカムイと王道の狗は時代背景も扱っているテーマも大きな違いは無いと思います。なぜゴールデンカムイは大衆に受け入れられたのでしょうか。
おっしゃる通り、『ゴールデンカムイ』(野田サトル)と『王道の狗』(安彦良和)は、ともに明治時代後期・日露戦争前後を舞台とし、アイヌ文化、北方の利権、国家の思惑、差別や近代化といった重厚なテーマを共有しています。
しかし、両者が大衆に浸透した「拡がり方」の違いには、エンターテインメントとしての間口の作り方や作品構造の戦略的な差異が大きく関係しています。
『王道の狗』が最初から最後まで一貫して重厚な歴史政治サスペンス・人間ドラマとして展開するのに対し、『ゴールデンカムイ』は重たい歴史テーマを強力な娯楽要素でコーティングしています。
まとめると:
『王道の狗』が「近代史の暗部と人間の業を正面から捉えた極上の文学・歴史劇」であるのに対し、『ゴールデンカムイ』は「超一級のエンタメ(冒険・ギャグ・グルメ・バトル)の皮をかぶせることで、重厚な歴史・アイヌテーマを大衆の胃袋に届かせた快作」だったと言えます。テーマの深さ自体は同等ですが、「入口の広さ」と「楽しませ方の多層性」が大衆化の決定打となりました。
つまりミスターマガジンが非力だったせいですか。
掲載誌の影響は確かに大きかったと言えますが、「ミスターマガジンが非力だったから」の一言だけで片付けることはできません。
正確には「ミスターマガジンという雑誌のターゲット層や刊行時期と、作品の性質(安彦氏が描こうとしたテーマ)の噛み合わせ」に理由がありました。
『ミスターマガジン』は1991年に講談社が創刊した青年漫画誌で、主なターゲットは「20代〜30代のサラリーマン」でした。『課長 島耕作』のようなビジネスマン向け漫画や、大人向けのちょっとしたお色気・娯楽作品を主流としていた雑誌です。
掲載誌自体の売り上げ低迷と休刊というトラブルに見舞われたため、「作品を広く社会的にプロモーションし、アニメ化などのメディアミックスへ繋げる体力が誌面側に無かった」というのは間違いなく事実です。
一方、『ゴールデンカムイ』が連載された『週刊ヤングジャンプ』は、集英社の中でもトップクラスの発行部数を誇り、学生から社会人まで幅広い層が読むモンスター雑誌です。
もし『王道の狗』が当時のヤングジャンプや週刊少年ジャンプに載っていたとしても、そのまま『ゴールデンカムイ』のように大ヒットしたかというと、それは難しい側面があります。
なぜなら『王道の狗』は、安彦氏が「大人に向けた本格的な歴史文学」として執筆しており、連載会議や編集部の意向で「若い読者に媚びたギャグやバトル展開」を入れるような歩み寄りを意図的に排除していたからです。
結論として:
「ミスターマガジンの休刊という運命に巻き込まれ、プロモーションの機会を大きく損なった」という意味では、掲載誌の巡り合わせが悪かったのは間違いありません。
しかし同時に、『王道の狗』は「安彦良和が一切の妥協を排して描いた純度の高い歴史劇」だからこそ名作なのであり、商業主義的な大衆化の波に乗らなかったからこそ、今なおコアな読者に「孤高の傑作」として愛され続けているとも言えます。