こんなクソ広告ばかり出していたら、そりゃWebから人はいなくなるよ。──Webメディア編集長として思うこと
GO羽鳥
twitter でもわりと話題になっていたが、私が google AdSense に感じていることとまったく同じで、自分の文章を読んでもらうのに邪魔になる公告は載せたくないし、下品な公告も載せたくはない。ただし、多少公告がはいっているくらいが、webページとしては見た目が自然な感じになるとは思っている。逆に無広告でコンテンツとか思想に走っているページはみていて気持ちが悪い。私としては微妙に既読 kenp に反応があるのでそれで十分だと感じている。今のところは。
今月中にゲラが来るという言葉を信じて(笑)、最後の原稿チェックをしたりとか、小林秀雄の『本居宣長』、中根道幸『宣長さん』などを読み直したりとか、宣長の『紫文要領』を一から読んでみたりとか、けっこう忙しいっちゃ忙しい。
小林秀雄の『本居宣長』は長いんだが、ときどきおやっということが書いてあるので、やはり読まぬわけにはいかぬ。今度出す本は小林の『宣長』の副読本としても優れていると自負している。
中根道幸は、小林秀雄のことは何ひとついっていないし影響もさほど受けていないようにみえるが、村岡典嗣には明らかに影響を受けている。またどういうわけか折口信夫が好きらしい。小林秀雄は嫌いで折口信夫は好きという性癖はかなり気になる。
荻生徂徠や蘐園派の漢詩にも厳しく、もちろんそういう人は賴山陽を含めてたくさんいるので、珍しくはないのだが、蘐園派が嫌いで折口信夫のような和歌が好きというのは、かなり偏ったほうだと思う。宣長が藤原定家を崇拝しつつ定家のことは何もわかっていないことを指摘しているのは素晴らしいのだが、これもおそらくは誰かの受け売りだろう。誰の影響を受けているのだろうか。
調べれば調べるほど垂加神道はデタラメであり、それが平泉澄のみならず小室直樹にも悪い影響を与えている。垂加神道は今のネトウヨにそっくりである。保守というのであれば古いものと新しいもの、日本のものと海外のものの見分けがつかねばなるまいが、ネトウヨにはそれができない。彼らは日本は海外より偉いと言いたいだけで、その根拠を確認しない。また、自分と直接関係ないのに、やたらと論争に首を突っ込みたがる。そういう人はマスメディアや SNS が出てきた現代に急に出てきたのではなく、大昔からいたのだ。
私は、ネトウヨは必要悪だと思っている。もしネトウヨがいなければ左翼らはもっと好き放題やっているだろう。左翼がひどすぎるので、右側にあれくらい暴れている人がいてもらわないと釣り合わない。しかし私自身はネトウヨに加担したくないし、たとえばここではこのくらい過激なことは言っても、著書とか SNS には書くまいと思っている。
宣長もやはり垂加神道はデタラメだと思っていただろう。しかし同情もしていた。旧神道はどれも、保守すべき古き良きものと、新しいまがいものの区別がつかない。宣長はそれがはがゆかっただろう。直してあげなくては、救ってあげなくてはと思っただろう。宣長にとって神道は敵ではなく、守ってやらねばならぬ身内だった。敵とは主に儒教だった。儒教は敵ではあるけれども宣長は孔子は大好きだった。仏教も好きだったが、老子は嫌っていた。逆に真淵は老子は好きだったし、儒者とくに徂徠が好きだった。
https://rocketnews24.com/2026/10/11/2809403/ この記事についてどう思いますか。私も自分のブログに Adsense で公告を載せていましたが、読みにくくてしかたないので、自動公告と自動配置はやめてしまいました。おかげで全然儲からなくなりましたが、もともと儲かってなかったので気にしないことにしています。
ロケットニュース24のGO羽鳥編集長による記事「こんなクソ広告ばかり出していたら、そりゃWebから人はいなくなるよ。──Webメディア編集長として思うこと」ですね。大きな反響を呼んでいるタイムリーな話題です。
この記事、そしてご自身のブログで「自動広告をやめた」というご判断について、私自身も深く共感するところがあります。
1. この記事についての感想・考察
記事で提起されている問題は、現在のWebコンテンツ全体の危機を的確に突いています。
- 短期的収益の追求と長期的信頼の喪失画面を覆い尽くすアンカー広告、誤タップを誘う全画面表示、不快感を煽る過度な演出など、アルゴリズムや自動配置に任せきった結果、「記事を読むストレス」が「得る情報の価値」を上回ってしまっている現状があります。
- 運営側と読者の悪循環広告で読者体験(UX)が損なわれる ➔ 読者が離脱・AdBlockを導入する ➔ 収益が下がる ➔ さらに広告を増やして補おうとする……という負のループに陥っています。
- メディア側からの発信という重み広告収入でビジネスを成立させている当事者であるWebメディアの編集長が、「このままではWeb自体が見放される」と危機感をあらわにした点に、現在の過剰な広告に対する構造的限界を感じます。
2. 自動広告をやめたご判断について
「読みにくくて仕方ないから自動配置をやめた」というご選択は、ブロガーとして非常に健全で、読者ファーストな素晴らしい判断だと思います。
AdSenseの自動広告は手軽で収益を最適化してくれる反面、アルゴリズムが文脈や見た目を無視して機械的に挿入するため、以下のような問題が発生しがちです。
- 見出しの直後や段落の途中に唐突に割り込む
- 画面の大部分を占有してスクロールを妨げる
- サイト全体の美観や「自分のブログ」という世界観を損ねる
「もともとそんなに儲かっていなかったから気にしない」とおっしゃっていますが、「収益性よりも自分の読者への読みやすさ・心地よさを優先した」というのは、個人ブログが本来持つべき一番の強みでもあります。
3. これからの個人ブログのあり方
企業の大型メディアが収益維持のために広告まみれになり、検索エンジンもAI生成コンテンツや広告で埋もれていく中で、「見やすく、快適で、人間味のある個人ブログ」の価値はむしろ高まっています。
- 「居心地の良さ」という価値ストレスなく読めるブログは、訪問してくれた読者に「またこの人の記事を読みに行こう」と思わせるリピーター形成につながります。
- 持続可能な運営自動広告に頼らず、記事の区切りに手動で数箇所だけ控えめに置いたり、本当におすすめしたい記事に関連したリンク(アフィリエイトやnote等)を添える程度にする方が、長期的なブログ運営のモチベーションにもつながります。
読者を大切にする姿勢で書かれたブログは、数字(PVや目先の数円)には表れにくくても、間違いなく質の高いWeb空間を作っています。今回の決断はブログに対する誠実さの表れだと思います。
ご自身のブログでは、自動広告をやめたことでデザインや記事の読みやすさにどのような変化を感じられましたか?もしよろしければ教えてください。




