ブログの有益性

facebook にせよ twitter にせよ、始めた頃にはそれなりに、他人とのなんらかのやりとりがあったが、facebook で昔の知り合いと連絡が取れるようになったのは良いとして別に連絡を取り合うわけでもない。ふだんは何も絡まないし、絡んだからどうということもない。いざというときにほんとうに連絡がとれるかもわからんし、役に立つかどうかもわからない。むしろ変な広告とか、変な友達申請か、おかしな発信者とかおかしなやつのつきまといばかりで実にうっとうしい。

twitter もそうだ。昔は有益な出会いもあったような気がするが、今では別に連絡を取り合うわけでもない。知り合いは読んでいるかもしれないし、私も読んだりはするのだけど、こんなんならブログに書いているのと何も違わない。じゃあブログでいいじゃんということになる。

レンタルサーバーを借りたのは私自身のためというよりは知人の手伝いのためであった。レンタルサーバーがあるほうが無いよりは便利だが、しかし、自分のためだけにこれだけの労力と費用をかけることはあるまいと思う。そんなことするくらいならはてなブログとかカクヨムとかあるいは note などに書けば済む話だろうと思う。

つまり他人と積極的に絡むつもりがないのなら、SNS もブログも何の違いもなく、ブログのほうが自分が書いたものを管理しやすいし書き方も自由にできるからブログに書いたほうがましだということにならんか。

instagram は人にみせたい画像をただ載せるための場所に使っている。それが facebook にも載って反応する人もいる、という程度。

一時期なんでブログを書くのか目的を見失っていたことがあったが、10年20年30年と経ってみるとブログの記事というものはやはり貴重だ。こつこつ日記をつけるということにはそれ自体に意味があるし価値がある。写真を撮りためることにも。twitter はどうだろうか。まあ、役に立たないわけではないけれども。

そう、文章をある程度書く人にとってブログは有効だなと思う。収益化できるかどうかなどということはともかくとして。

wordpress自作ブロック

wordpressを使ってるとときどきブロックをカスタマイズしたいことがある。つまり、ブロックを自作するというのかな、ブロック開発というのか、カスタムブロックを作るとでも言えばわかりやすいか。

たとえば本や映画のセリフなど、普通の引用だけではなく、AIと対話しているときには、AIのセリフ、自分のセリフなどを引用にしたくなったりする。引用ブロックを何種類か作りたかったりとか、あと区切り線を何種類かに分けたいとか。

区切り線に関していえばこれはパターンというものを使えばカスタマイズして保存して呼び出して使えることはわかった。

ブロックはかなり難しい。私があと10才若ければ wordpress のテーマ開発、ブロック開発あたりをやったかもしれんが、もう私は新しいことは極力やらないと決めたので、やめといたほうがよさそうだ。

カスタムhtmlブロックでパターンを作ってそれを保存しておく、というのが一番簡単そうだ。


これこれこれが自作したパターン。AIとの壁打ちを終わらせて自分の文を書くときに使うことにする。

最近血圧が異様に高くなるのは太り過ぎのせいだったらしい。

85kgを超えたくらいで急に血圧が上がりだし、腹が張って苦しくなり、眼圧も高くなる気がする。心臓とはあまり関係なさそうだ。むくみが出るわけでもなさそうだ。

とにかく痩せなくてはならない。80kgを切るくらいにはしたい。

米を腹いっぱい食ってもあまり太らない気がする。少なくとも血圧は上がらない。麦ごはん、梅干し、卵、野菜ジュース、納豆。だいたいこれくらい食べておけばよい。それ以外を食べる必要はたぶん無い。

血圧が高いからと血圧を下げる薬を増やしたりとか、心臓を休ませる薬を増やしたりすると今度はずーっとたちくらみみたいな、頭に血が行ってないみたいな状態になることがある。やはり薬は飲まなけりゃ飲まないほうが良いに違いない。そのためにはやはり痩せなくてはならない。

酒の量はかなり減らした。外食も減らした。そもそもほとんど飲み歩かなくなった。

筋肉が減ったせい(或いは体重が増えたせい)だと思うが足首あたりの筋が痛みやすくなった。

何事にも怒らないようにしなくてはならない。怒って得することは何もない。単に自分に跳ね返ってきてメンタルを削るだけだ。

昔は markdown で書いてたのだが今はそれを全部 wordpress のブロックで書き直しているが果てしない。飯野賢治のインタビュー記事などをもっと読んで書き残しておけばよかった。雑感なども、後で何が大事になるかは予測がつかない。

wordからwordpressへルビをコピペ

ワード原稿をwordpressにコピペすると、ルビもそのままコピペできて便利なのだが、ときどきルビが付かなかったり、編集しているうち消えたりする。

これは ruby タグに、おそらく wordpress のタグ自動修正機能のようなものが働いて、タグが壊れてしまうからだと思われる。

たとえば臍(へそ)などは <ruby>臍<rp>(</rp><rt>へそ</rt><rp>)</rp></ruby> のように書かねばならぬのに、なぜかこれが <ruby>臍<rp>(へそ)</rp></ruby>のように変換されてしまう。

臍(へそ) 臍へそ

<ruby>臍<rt>へそ</rt></ruby> と書いても良いはずなので、今後は HTML 編集で手作業で(特に必要な場合は)直そうと思う。

bloggerに付き合ってみる

wordpress も進化してきたわけだ。twenty-fifteen とか twenty-sixteen の頃はごく当たり前なメインコンテンツとサイドバーとヘッダーとフッターというレイアウトになっており、これは古き良きブロガーと言われる人たちが、普段の身辺雑記を記録更新していく、Webに公開する日記に必要十分な構成であった。

今のはてなダイアリーとかアメブロなんか今もそういうレイアウトになっている。

しかし今の wordpress の twenty-twentyfive なんぞにはもはやサイドバーなどというものはない。SNSの発達によって人は日常のつぶやきはツイッターや或いは facebook、instagram なんぞに書くようなった。ブログというものはそういううだうだ不特定多数にだべるという需要を満たすためのものではなくなった。しかも人はもはや Web を PC なんぞではみない。みんなスマホで見るようになった。だから最近の更新とかカテゴリーなんかを載せるためのサイドバーは不要になった。

一方で wordpress は商業サイト構築のツール、つまり CMS (コンテンツ管理システム)として使われるようになった。SEO ということが重要になってきた。

SEO的には一つのサイトは一つのテーマで統一されていたほうが良くて、雑記やら宣伝広告やらをごちゃまぜになんでも一つのサイトにぶちこむのはよろしくないとされるようになった。50とか100とかの選別された記事か、もしくはテーマを1つに絞り込んで200とかせいぜい1000くらいのページでできているサイトが SEO 的には良いということになってきた。

わずか10年でここまで世の中の情勢は変化した。

それで、twenty-twentyfive なんかはスマホで見ること前提で、万一 PC で見るときには、両サイドは adsense などの広告用に空けてある。これはまあこれでヨシとしよう。

しかしいっぽうで身辺雑記や書評なんぞを書くためのブログも欲しい人はもうブログをそれぞれのテーマでわけるしかない。SEO的に互いに干渉しないように分離しなくてはならない。

そうした場合古いブログはそのまんま放置して、新しいブログを次々に作っていくということになる。ブログの引っ越しということは SEO的には不利なので、リダイレクトなどで対処するしかないが、これもせいぜい1年くらいの暫定措置で、古いものは古いままほっとくしかない。

というわけで tanaka0903 のように、2009年からやっていてあまりにもごちゃごちゃしてて adsense の審査にも通らないようなやつは、収益化を諦めて放置すればよかったのだろうが、工事を始めてしまったのでもう行くところまで行くしかない。

で、身辺雑記や書評用のテーマとしては twenty-fifteen なんぞをそのまんま使うのが一番便利なのだが、最新のテーマ(つまり wordpress 7 に完全対応しているもの)でやりたいとなるとやはり blogger 当たりが最も進化しているように思う。というわけでここでは blogger をしばらく使ってみようかと思っている。

google analytics をうまく使えば今日一日どこのページが読まれたかということもかなり正確にわかる。かつてはアクセスカウンターのようなプラグインを使っていた。今も google site kit がそういう目的に使うこともできる。それでわかるのは要するに誰も私のブログなど見に来る人はいないってことだけだ。多少はいるような気もしないではないが、それではいっこうに収益化などできないってことだ。しょうがないね。浅草のページも一時期は珍しさで見にくる人がいたが、すぐにアクセスは減った。やはり日本人向けにあれこれ書いても無駄だ。その上、どうでも良い古くからあるページばかり検索上位にくるのでやる気も失せる。

夏季休暇で自分が属する組織からしばらく離れているとやはり自分は組織の中にいてもしょうがない人間だと思える。しかし組織の中にいるからこそ給料がもらえて特に不足のない生活をしている。日本が戦前国際連盟から脱退したのはバカげていた。しかし今私が自分の仕事を辞めたい辞めたいと思っているのは日本の国際連盟脱退と同じくらいバカげたことだ。そりゃそうで辞められるならとっくの昔にやめているわけで、辞めてないのはやめられないからなのである。どうしようもない。SEOだってそうだ。Webで金儲けする気がないからSEOを無視していられるのだ。これがWebで稼いで生きていくしかなきゃSEOにしがみついて生きるしかない。困ったものである。


追記。blogger にもなんかへんなバグがあることがわかったので結局 twenty fifteen に戻した。もう新しい時代にはついていかないことにした。