The Interpreter を見たのだが、実に面白かった。死亡確認リストに自分の名前を書くところでやっとオチがわかった。ただしオチは二重になっていたけれども。
A polished and intelligent thriller, though marred by plot implausibilities 洗練された知的スリラーだが、プロットがあり得なさすぎるのが玉に瑕。
coolly absorbing without being pulse-quickening. ハラハラどきどきしないが冷静に引き込まれる。
The Interpreter を見たのですが、オチで少しわからないところがあります。シルビアは事前にズワニーが一人きりになることを予測できなかったと思います。ぐうぜんたまたまうまい具合にそうなったということでしょうか。
結論から言うと、シルビアは「ズワニーが1人きりになること」を事前に正確に予測していたわけではなく、絶好の機会が訪れるのを忍耐強く待ち構えていた(そして、ズワニー自身の「プライド」がスキを生んだ)というのが劇中の展開です。完全に「たまたま」というよりは、必然と偶然が重なった結果と言えます。
具体的には、以下の3つの要素が重なってあの状況が生まれました。
1. シルビアの元々の狙いは「公衆の面前での暴露」だった
シルビアは最初からズワニーを密室で暗殺することだけを目的に国連ビルへ潜入したわけではありません。彼女の第一の目的は、ズワニーが演説する場で彼の過去の悪行や真実を世界中に暴露し、告発すること(あるいはその場で彼と対峙すること)でした。そのため、国連ビル内の動向を観察しながら機会を伺っていました。
2. ズワニー側の「自作自演」と自尊心による孤立
クライマックス直前、ズワニーは「自分を命がけで庇った英雄」に見せかけるための偽装暗殺(自作自演の狙撃事件)を計画・実行させます。
演説中に偽の狙撃が起き、シークレットサービス(ケイ・ミラーたち)はズワニーを安全なセーフティルーム(退避室)へ速やかに護送します。このセーフティルームは「VIPの安全を確保するための最も安全な場所」であり、外部からの侵入を防ぐために厳重に隔離される仕組みになっていました。
ここでズワニーは、自身のプライドと「もう安全だ」という過信から、警護員たちに「外で見張れ(自分一人にしてくれ)」といった態度をとり、部屋の中に一人で残る状況を自ら作ってしまいます。
3. シルビアの「待ち」と先回り
シルビアは国連ビルの構造やセキュリティの動きを熟知していました(通訳として働いていたため)。偽の狙撃事件によって場内がパニックになり、ズワニーがどの避難経路を通ってどのセーフティルームに連れて行かれるかを瞬時に予測し、先回りして潜入したのです。
まとめると:
シルビアが完璧なシナリオを描いていたというよりは、「ズワニーが自作自演の事件を起こした結果、彼自身が安全だと思い込んで一番孤立する場所(セーフティルーム)に入り、警護を退けた」というズワニー側の過剰な自信とスキを、シルビアが見逃さずに捉えたという流れになっています。
そこがちょっとご都合主義になっていて残念な感じがします。
その感覚、非常に鋭いですし、この映画の評価でよく指摘されるポイントでもあります。
サスペンス映画として観ると、「国連ビルの最も堅固なセーフティルームに、一般職員であるシルビアが銃を持ってあっさり先回りできていること」や、「警護のプロであるシークレットサービスがVIPを完全に一人にしてしまうこと」は、たしかに展開の都合(ご都合主義)が目立ってしまいますよね。
この作品(シドニー・ポラック監督)がサスペンスとしてのリアリティよりも優先してしまった理由として、以下の2つの側面が挙げられます。
1. 「本格サスペンス」よりも「対話劇」を描きたかった
映画の最大の見せ場は、銃撃戦や鮮やかな暗殺トリックではなく、「憎しみに囚われたシルビア」と「権力と誇大妄想に憑かれたズワニー」の直接対決、そして追ってきたケイ・ミラー(ショーン・ペン)との対話でした。
制作陣としては、「ズワニーとシルビアが1対1で向き合い、言葉を交わすシチュエーション」をどうしても作る必要がありました。そのために、セキュリティの厳重さや警護の手順といったリアリティを少し犠牲にしてでも、あのセーフティルームの状況を強引に用意してしまったという側面があります。
2. 「復讐の連鎖を断つ」というテーマへの落とし込み
シルビアは、かつてズワニーが掲げていた「平和への理想」が独裁者へと変貌する中で失われてしまったことを知っています。彼女が銃を突きつけながらズワニーに自分の著書(かつて彼が書いた平和の言葉)を読ませるシーンは、物語のテーマ(言葉 vs 暴力)のクライマックスです。
サスペンスの整合性よりも、この「言葉による決着」というドラマ的カタルシスを優先した結果、クライマックスへの流れが少し大雑把に見えてしまうのは否めません。
ハリウッドの超大型サスペンス映画(しかも実際に国連本部でロケ撮影を行った初の映画)というスケールの大きさに対して、クライマックスの展開が「偶然と強引なセッティング」に頼ってしまった点は、映画ファンほど引っかかりを覚える部分だと思います。
シルビアが嘘発見器にひっかからなかったのはそういう訓練をしていたからでしょうか。
シルビアがポリグラフ(嘘発見器)をパスできたのは、特殊な訓練を受けていたからではなく、彼女の心理状態(精神的なトリック)によるものとして描かれています。
劇中でシルビア自身がケイ・ミラー(ショーン・ペン)に対してそのカラクリを種明かしするシーンがあります。
ポリグラフを突破した「心の騙し方」
嘘発見器は「嘘をついているときの緊張感(汗、心拍数、血圧の変化)」を測定する機械です。シルビアは質問に対して、次のような心理的なアプローチで答えていました。
- 「嘘」を「真実」として答えられる質問に置き換えるたとえば、「ズワニーを殺したいか?」や「事件に関与しているか?」といった直接的な質問をされた際、彼女は頭の中で自分にとっての「真実(過去の事実や別の文脈)」を思い浮かべながら答えていました。自分が本当に信じていることを思い浮かべて話すことで、心拍数や血圧の変動(=緊張反応)を抑えたのです。
- 圧倒的な冷静さと執念彼女はアフリカの過酷な紛争地域(マトボ)で家族を失い、死と隣り合わせの凄惨な過去を生きてきました。そのため、一般的な人間が尋問で感じるようなプレッシャーや緊張に対して精神的に非常に強く、感情を完全にコントロールできる状態にありました。
映画的な演出としての側面
シルビアは元指導者(ゲリラ運動)の娘であり、通訳として複数の言語や人間の心理分析に長けている人物です。そうした頭脳と、過去の凄惨な経験から培われた「完璧なポーカーフェイス」が合わさった結果、訓練なしでもポリグラフを騙すことができたという設定になっています。
ただ、これもサスペンス映画によくある「頭脳明晰な主人公が心理トリックで取調官を翻弄する」というフィクション的な演出の一つではあるため、少しスマートすぎると感じる部分かもしれません。
ケイ・ミラー(ショーン・ペン)がシルビアの嘘を見抜けた理由について聞きますか?
ケラー捜査官が序盤で「彼女は嘘つきだ」と言ったのが伏線になっていると思いますが、確かになぜ嘘つきだと思ったのでしょうね。
まさにそこが、ケイ・ミラー(ショーン・ペン)というキャラクターの真骨頂であり、映画の前半で2人の関係性を決定づける重要なポイントです。
ケラーが序盤から「彼女は嘘をついている」と見抜けたのは、警察官・捜査官としての「職業的な直感」と、彼自身が抱えていた「個人的なトラウマ」の2つが理由です。
1. 悲しみの「質」が自分と同じだった(個人的な直感)
ケラー自身、妻を事故(実質的には妻の不貞と悲劇的な死)で亡くしたばかりで、深い喪失感と怒り、そして「過去を隠している人間」の空気を誰よりも熟知していました。
シルビアは「事件の偶然の目撃者」として振る舞い、怖がる被害者を演じようとしますが、彼女の目には「怯え」ではなく、ケラーと同じ「深い悲しみと、抑えきれない復讐心」が宿っていました。自分と同じ痛みを抱え、何かを隠している人間の匂いを、ケラーは本能的に察知したのです。
2. 「証言」と「態度」の微妙なズレ(プロとしての観察)
シルビアは賢いので、警察の質問に対して「論理的には筋の通った答え」を返します。しかし、捜査官であるケラーから見ると、以下のような違和感(ズレ)がありました。
- 冷静すぎる反応: 暗殺計画という命の危険に関わる話を聞いてしまった人間の反応にしては、落ち着きすぎており、防衛本能(警察への全面協力や逃亡)よりも「事件への執着」が見え隠れしていたこと。
- 生い立ちの秘匿: 彼女がアフリカの紛争地域(マトボ)の出身であり、家族を惨殺された過去という「事件に直接結びつく最大の動機」を自ら話さず、隠そうとしたこと。
3. 「暗殺を止めたい」のではなく「関与したい」顔をしていた
ケラーが感じた最大の違和感は、彼女が「恐ろしい計画を聞いてしまったから助けてほしい」のではなく、「その計画(またはズワニーの存在)に自分から引き寄せられている」ことでした。
つまるところ、シルビアはポリグラフ(機械)の測定数値をコントロールすることはできても、「身から滲み出る復讐の空気」まで隠すことはできなかったということです。
機械は誤魔化せても、同じように心に傷を負ったプロの捜査官の目(直感)だけは騙せなかったという、この2人の対比と心理戦こそが、物語前半の大きな見どころになっています。
シルビアはポリグラフのテストを受ける直前に Nils Lud を見て動揺していたようですが、彼女は彼を見知っていたのでしょうか。彼が黒幕だと最初から気付いていた?
はい、シルビアはニルス・リュード(Nils Lud)の顔を最初から知っていました。
ただし、「彼が最初から黒幕(ズワニーの自作自演の相棒)だと見抜いていた」というよりは、「自分の弟や元恋人を死に追いやった、宿敵(ズワニー)の右腕(殺人請負人)」として彼を認知しており、その予想外の登場に激しく動揺したのです。
このシーンには、以下のような文脈と理由があります。
1. ニルス・リュードとは何者だったのか?
リュードは、マトボの独裁者ズワニーの「暗部」を担ってきたセキュリティ顧問(事実上の秘密警察・秘密工作のトップ)です。
シルビアにとってリュードは、母国マトボでズワニーの弾圧政策を実行し、自分の家族や仲間たちを殺害・迫害してきた直接的な元凶のひとりでした。そのため、彼の顔を忘れるはずがありませんでした。
2. なぜポリグラフの直前に動揺したのか?
シルビアは「国連の静かな通訳」として身分を隠し、安全なニューヨークで暮らしているつもりでした。
しかし、ポリグラフテストを受けるために連れて行かれた建物(国連本部内)で、思いがけずリュードとすれ違い、彼がニューヨークに来ていること、しかも国連内を自由に歩き回っていることを目撃してしまいます。
これによってシルビアは以下の衝撃を受け、動揺しました。
- 自分の正体(過去)がバレる恐怖: 「彼に見つかったら、自分がクベナ(反体制派の指導者)の娘であることが一発で露呈する」という切迫感。
- 事態の深刻さの察知: 単なる噂や聞き耳ではなく、「ズワニー側が本気でニューヨークで大きな工作(暗殺事件の仕込み)を動かしている」という現実を突きつけられたこと。
3. 黒幕だと気づいていたか?
この時点でのシルビアは、「リュードがいる=ズワニーが何か恐ろしい陰謀を進めている」ことは確信していましたが、それが「ズワニー自身による自作自演の自爆テロ・狙撃劇」という具体的なカラクリまで見抜いていたわけではありません。
しかし、かつて故郷で残酷な工作を指示してきたリュードが現場に現れたことで、彼女の復讐心と危機感は一気にピークに達することになります。
ポリグラフの直前という「一番心を平静に保たなければいけないタイミング」で、よりによって過去のトラウマそのものであるリュードと遭遇してしまったため、あの瞬間のシルビアは激しく動揺し、それを必死で抑え込もうとしていたのです。
gemini が「ケイ・ミラー」と言っているのは「トビン・ケラー」の間違いだと思う。
最後まで飛ばさずに(多少我慢は強いられたが)一気にじっくり見れたし、何度か繰り返してみたいとさえ思えたのは、自分としてはかなり珍しい(気に入った)部類に入る。なんも考えずにエンタメとして見れる作品ではない。
gemini がいうようにサスペンス要素を削ってまでして、対話とお説教要素を加える必要があったのかどうかというのは気になる。やはり欧米人がアフリカをネタにするときはどうしてもそういう贖罪意識とかアフリカに対するお節介のような要素が加わってしまうものなのか。ま、しかし、ハリウッド映画とはもともとそうしたもの(アメリカ人目線の娯楽)なのだからそこを気にしても仕方ない気もする。