トータル・リコール (2012)

トータル・リコール (2012) 観た。なんとなく初めてではない気もするのだが、なかなか楽しめた。フリップ K ディック原作の映画を一通り観てみようとおもった。

それはそうと tanaka0903.net の 404アクセスが1日で 6.1K回と相変わらず異常だ。google analytics の統計も正しいのかどうかさっぱりわからんので、webberzone top 10 プラグインを入れてみて、ようすを見ることにした(追記。もしかすると 404 プラグインが狂っているのかもしれない)。

フィリップ・K・ディック原作の映画は面白いと思います。彼以外の原作でよく似た映画はどんなものがありますか。

フィリップ・K・ディック作品の映画化(『ブレードランナー』『トータル・リコール』『マイノリティ・リポート』など)が持つ特有の魅力は、「現実と虚構の境界線が揺らぐ感覚」「自分自身や記憶への疑念」「ディストピア的な監視・テクノロジー社会」というテーマにあります。

ディック以外の原作(小説・短編など)に基づきながらも、こうした“ディック的(Dickian)”なテイストを強く持つおすすめのSF映画をいくつかご紹介します。

1. 記憶やリアリティ(世界観)が崩壊する作品

  • 『ダークシティ』 (Dark City, 1998)
    • テーマ: 記憶の改ざん / 世界の真実 / ディストピア
    • 原案・脚本:アレックス・プロヤス(映画オリジナル/短編着想)
    • 概要: 記憶を失った状態で目が覚めた主人公が、街全体が夜ごとに形を変え、人々の記憶がすり替えられていることに気づきます。ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や『記憶破棄者』を思わせる「自分は何者なのか」「この世界は本物か」という感覚が全編を支配しています。
  • 『オープン Your アイズ』 (Open Your Eyes, 1997) / Remake: 『バニラ・スカイ』 (2001)
    • 原作:アレハンドロ・アメナーバル監督によるオリジナル脚本
    • テーマ: 明晰夢 / 現実と悪夢の混同 / 人工生命・記憶
    • 概要:ハンサムで富を得ていた男が事故で顔を負傷したことを境に、現実と夢の世界が交錯しはじめます。ディックの『うたたねの少女』や『ユービック』に見られるような「どこまでが本当の世界なのかわからない」精神的迷宮を楽しめます。

2. 人工生命・クローンと「人間性」を問う作品

  • 『キャパシティ / ガタカ』 (Gattaca, 1997)
    • 原作: アンドリュー・ニコルによるオリジナル脚本
    • テーマ: 遺伝子差別 / アイデンティティの偽装 / ディストピア
    • 概要:遺伝子操作で生まれた「適正者」が優位に立つ近未来で、「不適正者」として生まれた主人公が他人の身分を偽って宇宙飛行士を目指します。ディック作品によく登場する「システムを欺いて生きる個人」の悲哀と執念が描かれています。
  • 『MOON / 月に囚われた男』 (Moon, 2009)
    • 原作: ダンカン・ジョーンズ(監督)によるオリジナルストーリー
    • テーマ: 複製(クローン) / 記憶の植え付け / 企業の陰謀
    • 概要: 月の採掘基地で3年間の契約勤務を孤独にこなすオペレーターが、ある事故をきっかけに自分自身の「大きな秘密」に遭遇します。『ブレードランナー』のレプリカントのような、人間ではない存在が抱く孤独や人間性がテーマになっています。

3. シミュレーション仮説・「世界は作りもの」系

  • 『13F』 (The Thirteenth Floor, 1999)
    • 原作:ダニエル・F・ガロアイのSF小説『シミュラクロン3』(Simulacron-3)
    • テーマ: バーチャルリアリティ / 階層構造の世界 / 存在の不確定性
    • 概要: 1930年代のロサンゼルスをコンピュータ上に再現する実験を行っていた研究者が殺害され、主人公がその謎を追ううちに世界のシステム構造に気づいていきます。『マトリックス』と同年に公開された隠れた名作で、ディックの『天空の蜂』などの世界観に極めて近いです。
  • 『12モンキーズ』 (Twelve Monkeys, 1995)
    • 原作:クリス・マルケルの短編映画『ラ・ジテ』
    • テーマ: タイムトラベル / 精神病と現実の境界 / ディストピア
    • 概要:ウイルスにより人類が絶滅の危機に瀕した未来から、原因を探るために過去へ送り込まれた男の物語。主人公自身が「自分はただの狂人なのか、本当に未来から来たのか」と己の記憶と正気を疑いはじめる展開は非常にディック的です。

補足:監督で選ぶなら「デヴィッド・クローネンバーグ」

もしディック的な「精神の変容」や「テクノロジーによるリアリティの崩壊」がお好きであれば、デヴィッド・クローネンバーグ監督作品(『ビデオドローム』や『イグジステンズ』など)も非常におすすめです。

気になる作品があれば、より詳しいあらすじや見どころをお伝えすることもできます。

ダンカン・ジョーンズも好きです。月、ミッション8分、ウォークラフトはみました。ほかに似たような作品はありますか。

ダンカン・ジョーンズ作品の大きな魅力は、「極限状態に置かれた個人の孤立感」「緻密でサスペンスフルな時間・空間構造」「SF的なギミックの中に宿る濃厚な人間ドラマ」です。

まずはダンカン・ジョーンズ本人の未見作品を押さえたうえで、その作風(『月』『ミッション:8分』『ウォークラフト』)に近く、作品の質も高いおすすめ映画をご紹介します。

1. まず観るべき「ダンカン・ジョーンズ監督の別作品」

  • 『Mute/ミュート』 (Mute, 2018 / Netflixオリジナル)
    • ダンカン・ジョーンズ監督作
    • テーマ: ネオ・サイバーパンク / 犯罪サスペンス / 『月』との世界観の共有
    • 概要: 近未来のベルリンを舞台に、声を失ったバーテンダーの男が突然失踪した恋人を追うサスペンス。実は本作、『月に囚われた男』と同一のシェアード・ワールド(精神的続編)として作られており、作中のテレビニュースなどに『月』の出来事や主人公(サム)がイースターエッグ的に登場します。

2. 『ミッション:8分』が好きなら:ループ・時間サスペンス

  • 『オール・ユー・ニード・イズ・キル』 (Edge of Tomorrow, 2014)
    • 原作: 桜坂洋のSF小説
    • テーマ: タイムループ / 試行錯誤の戦い / アクション
    • 概要: 謎の異星人に侵略される地球で、ループに巻き込まれた兵士(トム・クルーズ)が死ぬたびに同じ日の朝に戻り、戦闘スキルを高めていくストーリー。『ミッション:8分』と同じく「制約された時間の中で情報を集め、次のループへ活かす」という爽快感とスピード感が抜群です。
  • 『LOOPER/ルーパー』 (Looper, 2012)
    • 監督: ライアン・ジョンソン
    • テーマ: タイムトラベル / 未来の自分との対峙 / 倫理的ジレンマ
    • 概要: 未来から送られてくる標的を抹殺する暗殺者(ルーパー)の元に、ある日「30年後の自分」がターゲットとして送られてくるSFサスペンス。ダンカン・ジョーンズ作品に通じる「論理的なSF設定」と「切ない人間ドラマ」がハイレベルで融合しています。

3. 『月に囚われた男』が好きなら:ワンシチュエーション&アイデンティティ

  • 『エクス・マキナ』 (Ex Machina, 2014)
    • 監督: アレックス・ガーランド
    • テーマ: 人工知能(AI) / 閉鎖空間での心理戦 / 人間性の探求
    • 概要: 検索エンジン企業のプログラマーが、人里離れたCEOの邸宅に招かれ、美しく人間そっくりな女性型AIのチューリング・テストを任される密室劇。『月』の「主人公と人工知能(GERTY)」の絶妙な関係性や、少人数・ミニマルな空間で進む緊迫感が好きな方に間違いなく刺さります。
  • 『オブリビオン』 (Oblivion, 2013)
    • 監督: ジョセフ・コシンスキー
    • テーマ: 荒廃した地球での孤独な任務 / 秘密の記憶 / 衝撃の真実
    • 概要: 異星人との戦争により荒廃した地球に残り、監視プラントのメンテナンスを行う男の物語。どこか『月』を彷彿とさせる孤立無援のシチュエーションと、「自分が信じていた任務と日常の裏にある隠された真実」に直面していく展開が見どころです。

4. 『ウォークラフト』が好きなら:壮大な世界観のダークファンタジー

『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの自尊心』 (Dungeons & Dragons: Honor Among Thieves, 2023)

テーマ: 王道ファンタジー / チーム戦 / ゲーム世界の映像化

概要: 伝説のTPRGをベースにしたファンタジー映画。『ウォークラフト』同様にゲーム的な世界観やクリーチャー、魔法を本気で映像化しており、かつこちらはユーモアとテンポの良いチームアクションとして娯楽性が非常に高い一作です。

「月に囚われた男」や「エクス・マキナ」のように、登場人物が少人数で密室や隔離空間を舞台にしたおすすめのSF映画を教えてください。

『月に囚われた男』や『エクス・マキナ』のような、「少人数」「密室・孤立空間」「自分や世界の真実を探るSFサスペンス」という条件にぴったり合致する名作・佳作を厳選しました。

どれもミニマルな設定だからこそ、心理戦やアイデアの面白さが際立っている作品ばかりです。

1. 究極のワンシチュエーション&アイデンティティ

  • 『オキシジェン』 (Oxygen, 2021 / Netflix)
    • 監督: アレクサンドル・アジャ(主演:メラニー・ロラン)
    • シチュエーション: 医療用カプセルの中(完全に1人)
    • 概要: 記憶をすべて失った状態で、狭い医療用極低温カプセルの中で目覚めた女性の物語。酸素残量は刻一刻と減っていき、生き残るためにはAI対話システムだけを頼りに「自分が誰なのか」「なぜここに閉じ込められているのか」を解明しなければなりません。『月に囚われた男』のような記憶と存在の謎解きを、極限の密室で描いた傑作です。
  • 『CUBE』 (1997)
    • 監督: ヴェンザン・ナタリ
    • シチュエーション: 謎の立方体(キューブ)群
    • 概要: 互いに見知らぬ6人の男女が、罠が仕掛けられた謎の立方体(CUBE)の部屋で目を覚まします。なぜ自分たちが集められたのか分からぬまま、極限状態の中で人間のエゴや狂気が暴かれていく密室SFの金字塔です。

2. 「外の世界」と「閉ざされた空間」の心理サスペンス

  • 『10 クローバーフィールド・レーン』 (10 Cloverfield Lane, 2016)
    • 監督: ダン・トラクテンバーグ(出演:メアリー・エリザベス・ウィンステッド、ジョン・グッドマン)
    • シチュエーション: 地下シェルター(主要登場人物は3人)
    • 概要: 自動車事故に遭った女性が目覚めると、見知らぬ男の地下シェルターに拘束されていました。男は「外の世界は汚染され、人類は滅亡した」と主張しますが、男の狂気を疑う彼女は脱出を試みます。「男が狂人なのか、本当に外が危険なのか」という心理的駆け引きとサスペンスが圧巻です。
  • 『I AM MOTHER / アイ・アム・マザー』 (I Am Mother, 2019 / Netflix)
    • 監督: グラント・スプートレ
    • シチュエーション: 人類再 populate 用のシェルター(登場人物は少女、ロボット、不審な侵入者の3人のみ)
    • 概要: 人類が絶滅した後のシェルターで、母親ロボット(マザー)によって育てられた少女。ある日、外から傷ついた怪しげな人間の女性が助けを求めてやってきたことで、「マザーが教えてくれた世界」への疑念が膨らんでいきます。『エクス・マキナ』のように「人間とAIの信頼関係」が揺らぐ恐怖を描いています。

3. 時間や科学倫理の不気味さに迫るSF

『プリデスティネーション』 (Predestination, 2014)

監督: スピエリッグ兄弟(原作:ロバート・A・ハインライン)

シチュエーション: バーカウンターなど、主に2人の会話劇中心

概要: タイムトラベルを駆使して未解決事件を防ぐ時空エージェントが、あるバーで出会った青年から不吉で奇妙な生い立ちを聞かされる物語。登場人物を徹底的に絞り、会話を通じて過去と未来の糸が複雑に絡み合っていく叙述トリックSFの傑作です。

『プライマー』 (Primer, 2004)

監督: シェーン・メロス(元エンジニアの監督が自ら主演)

シチュエーション: ガレージや狭い部屋

概要: ガレージで研究を行う2人の若い技師が、偶然にも「タイムトラベル」を可能にする装置を発見してしまう超低予算SF。派手な視覚効果は一切ありませんが、複雑に交差する時間軸とリアリティ溢れる会話劇でカルト的な人気を誇ります。

ジャック・ライアンものはだいたい観ました。black list よりは homeland のほうが好きです。サバイバー(大統領もの)も観ましたが途中で飽きました。私にむいている映画はなんでしょうか。

「ジャック・ライアンが好き」「『ブラックリスト』より『ホームランド』派」「『サバイバー: 宿命の大統領』は途中で離脱」という好みから、あなたの志向が非常にはっきりと見えてきます。

  • 好きな要素: リアリティのあるリアルな諜報政治・国際情勢、緊迫感のあるサスペンス、葛藤する知的な主人公、現場の生々しい泥臭さ
  • 苦手な要素:アクション重視すぎる過剰なフィクション(敵が強すぎる・毎話ご都合主義など)、大風呂敷を広げすぎてダレてしまう政治ドラマ

この「知的でリアルな諜報・国際サスペンス」という好みにドンピシャでハマる、おすすめの映画・ドラマを厳選しました。

1. 映画(まずはここから観るべき名作)

  • 『シリアナ』 (Syriana, 2005)
    • テーマ: 中東の石油利権、CIAの暗躍、泥臭い現地工作
    • おすすめ理由: 『ホームランド』の中東・CIA描写が好きなら間違いなく刺さります。CIA工作員(ジョージ・クルーニー)が国家の政治や企業の思惑に翻弄される姿を描いた、極めてリアリティの高い社会派スパイサスペンスです。
  • 『ゼロ・ダーク・サーティ』 (Zero Dark Thirty, 2012)
    • テーマ: ビンラディン追跡、CIAの執念、対テロ戦争の裏側
    • おすすめ理由:『ホームランド』の主人公キャリーのように、周囲に理解されずとも執念で標的を追う女性CIA分析官の戦いです。過剰な映画的演出を排し、凄まじい緊迫感とリアルな捜査手順で描かれます。
  • 『裏切りのサーカス』 (Tinker Tailor Soldier Spy, 2011)
    • 原作: ジョン・ル・カレ(冷戦スパイ小説の第一人者)
    • テーマ: 英国情報部(MI6)内の二重スパイ(モグラ)炙り出し
    • おすすめ理由:ジャック・ライアンのような「知的な情報分析と探偵的な推理」で真相に迫る最高峰の冷戦スパイ映画です。派手な銃撃戦ではなく、静かな対話と裏切り心理戦の連続で魅せます。
  • 『アルゴ』 (Argo, 2012)
    • テーマ: イラン人質事件、CIAの突飛な救出作戦、実話
    • おすすめ理由:実話を基にした「嘘の映画撮影チームを偽装して人質を救出する」CIAの工作劇。テンポが良く、終盤の空港脱出シーンの緊迫感は息をのむ面白さです。

2. 海外ドラマ(『ホームランド』が好きなら絶対にハマる作品)

もし映画だけでなくドラマも選択肢に入るなら、以下の2作は『ホームランド』ファンに最も高く評価されている傑作です。

  • 『ル・ビューロー』 (Le Bureau des Légendes / The Bureau) [フランス発]
    • テーマ: フランス対外安全保障総局(DGSE)、潜入工作員のリアル
    • おすすめ理由:「『ホームランド』を超えた」と評されることも多い、リアル系スパイドラマの最高峰です。派手なアクションではなく、監視・暗号・潜入・二重スパイの心理戦といった「本物の情報機関の泥臭い仕事」を徹底的なリアリティで描いています。
  • 『スロー・ホース』 (Slow Horses / Apple TV+)
    • テーマ: MI6/MI5、落ちこぼれエージェント、英国政治の裏側
    • おすすめ理由: 失敗して左遷されたMI5の落ちこぼれ部隊が、不格好ながらも国家の陰謀に巻き込まれていくサスペンス。ゲイリー・オールドマン演じる上司の毒舌と皮肉(英国ブラックユーモア)が効いており、サスペンスとしての質も極めて高いです。

迷ったらまずはこれ!

映画なら『ゼロ・ダーク・サーティ』、ドラマなら『ル・ビューロー』か『スロー・ホース』から観始めるのが最もおすすめです。


「ジャック・ライアンが好き」「『ブラックリスト』より『ホームランド』派」「『サバイバー: 宿命の大統領』は途中で離脱」という好みから、あなたの志向が非常にはっきりと見えてきます。

好きな要素: リアリティのあるリアルな諜報政治・国際情勢、緊迫感のあるサスペンス、葛藤する知的な主人公、現場の生々しい泥臭さ

苦手な要素:アクション重視すぎる過剰なフィクション(敵が強すぎる・毎話ご都合主義など)、大風呂敷を広げすぎてダレてしまう政治ドラマ

「非常にはっきり」(笑)。ブラックリストとかサバイバーってそういう評価なんだな。

Netflix の Mute は最初だけ観てやめた気がする。最後までみてみるか。

ヴェンザン・ナタリはヴィンチェンゾ・ナタリの間違いのようだ。なんでそういう間違いをするかな。

広告を減らせばアクセスは増えるだろう

socialakiba.com の自動広告と自動最適化を辞めた。ずっと読みやすくなった。アクセスもずっと増えた気がする。1日目なのでまだ結果ははっきり見えていないが。

tanaka0903.net はもともとそんな広告を入れてない(adsense は入れられない)ので大差ない。

私の場合はたぶん adsense による収益化よりも、kenp の収入のほうがずっと大事だ。エウメネスというコンテンツがより読みやすくなったほうが効果的かもしれない。そういうことは誰も教えてくれない。google がアドバイスしてくれるはずもない。

香川景樹と閑院宮家

丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士「文学全集を立ちあげる」に、香川景樹を閑院宮家が庇護している、という三浦雅士の発言がある。これはおそらく、景樹が妙法院宮真仁法親王(閑院宮家の皇子)の歌会で、妙法院宮が出した「いつはりの夕」と言う題に、

来(こ)むと言(い)ふを 待(ま)たじと言(い)ひし この暮(く)れの 我(わ)がいつはりも 苦(くる)しかりけり

と即興で返して一座を驚嘆させたという逸話(山本嘉将『香川景樹論』)によるのだろう。妙法院宮真仁法親王は光格天皇の異母兄である。この二人の父は閑院宮典仁親王であって、典仁親王が香川景樹を贔屓にしていたのはほぼ間違いない。そして光格、仁孝、孝明、明治天皇が、従来の堂上和歌、御所伝授から外れて、香川景樹の影響下にあったと言う仮説も十分成り立ち得る。

真仁法親王はもともとは小沢蘆庵の門人(?)であったらしい。蘆庵が冷泉為村に破門され太秦に移り住んでいたころ、真仁法親王は蘆庵の家を訪ねているという。景樹と蘆庵は懇意であったから、それで景樹は真仁法親王の歌会にも呼ばれたのであろう。

明治天皇の和歌指南役であった三条西季知などは堂上であったと思うが、堂上の間でもすでに桂園派が広まっていたということはあり得なくもない。

列聖全集第11巻、第12巻辺りに御製が収められているから、今度よく見てみよう。

なお尊号一件だが、典仁親王に太上天皇号を与えないと松平定信が決定した理由は、定信が朱子学に凝り固まっていたからではなく、おそらくは後桜町上皇と閑院宮家との確執のためであろう。典仁親王が上皇になれば後桜町上皇と対等ということになり、それが後桜町上皇には耐え難かったのだろう。傍系の天皇が即位してその父に院号を与える例はあるが、与えなかった例は(太上天皇号の制度が出来て以来)無いと言ってよい。定信がそれを知らぬはずがない。それ以外に定信がこだわらねばならぬ理由が見つからない。定信がすべての責任を負う形で、老中の職を辞したとみるべきだ。

ウィキペディアには後桜町上皇が

「御代長久が第一の孝行」と言って光格天皇を諭したことは有名である。このように朝廷の権威向上に努め、後の尊皇思想、明治維新への端緒を作った光格天皇の良き補佐を務めたことから、しばしば「国母」といわれる。

などと書かれているが、こんなことはまったく信用できない。典仁親王の足を引っ張ったのは後桜町上皇その人であろう。後桜町上皇に恨みがあったのは確かだが、彼女がなぜそこまでごねられたか。おそらく彼女は皇室財産を相続する正統な権利を持っていたからだろう。その財産を処分するなどと言われたら大変なことになる。或いは典仁親王と後桜町上皇の間で財産分割が行われることになり、それが嫌だったのかも。

定家の禅

あいかわらず「はかもなきこと」を整理しているのだが、定家の禅、定家の禅2、定家の禅3。「虚構の歌人 藤原定家」はもともと「定家の禅」というタイトルにする予定だったなどと書いていて、全然忘れてて我ながらびっくりしている。当時執筆しながら悩んでいたことと今書いていて感じていることが、ほとんど同じなのにも呆れる。

「絞り切れてない」「膨らませるのが苦手」というのは一つのテーマ、一人の評伝に集中して書きたいのだが、いろんなことをついでに書いてしまって、それで300枚とか文字数が増えて、話が拡散してしまって良くないなどと言っている。

丸谷才一など、しばしば本題とは関係ないことを書き散らかしているのをみると、ずいぶん殊勝なことを言っているようにも思えるが、あっちは売れっ子作家でなんでも良いから書いてくれと言われて書いてるのだろうから自分とは比べようもない。300枚というのはざっと10万字くらいのことを言っているのかと思うが、今から思えば分量としては全然少ない。

「定家の禅」というタイトルでもう一冊定家について書けるかと言われると、ちょっと難しい。結局私は一人の人間の評伝を書くというタイプではないのだ。

「評伝 小室直樹」上下巻。圧倒的である。公私両面微に入り細を穿つとはああいうものをいうのだろう。評伝としてはあれ以上のものは書けまい。

私が書くならもっと違う構成になると思う。

「ソビエト帝国の崩壊」「アメリカの逆襲」この2つは紛れもない名著である。がしかしおかしなこともたくさん書いている。これら以外は、まあ、普通か。小室直樹は、山本七平やマックス・ヴェーバーの影響が強すぎる。ヴェーバーの説にしても一つの仮説、学説に過ぎないのにそれを真理であるかのように書く。山本七平のいう空気とか急性アノミーについても、うまく社会現象を説明できているようにみえて実際にはそうともいえない。

小室直樹の栗山潜鋒認識はかなりおかしく、浅見絅斎や山鹿素行、安積澹泊などと混同している。これらすべては平泉澄の受け売りに過ぎず、自分で一から崎門学を身に着けたわけではないからだろうと思う。この平泉澄の影響というものが小室直樹を大きく歪めてしまっているのは否定しようもない事実だ。

「保建大記」は、谷秦山が異様なほど絶賛している書籍。谷秦山を、平泉澄博士は、最高の尊王学者と評価している。
「評伝 小室直樹」下 p.358

ここがおかしい。学者や学説というものは絶賛したり最高に評価したりするものではない。どんな学説も問題究明の途中経過に過ぎない(数学や自然科学ならば最終結論 or 一旦解決というものはあるかもしれないが)。まして学者を崇拝してはいけない。この態度が根本的に間違っている。谷秦山はどちらかといえば普通の凡人、単なる努力家である。崎門学などを信じている時点でたかが知れている。彼はあれほど丁寧克明に「保建大記」を解説してみせたけれども栗山潜鋒の主張や執筆動機についてはほぼ何も理解していなかった。それを崎門学的に解釈しただけだった。

小室直樹は、日本史だけでなく世界史についてもその認識はかなりあやしい。宮崎市定などとは雲泥の差だ。

しかしながらここまでおかしなことを言っているのにも関わらず、彼はときどき誰も気付かず、指摘もしないような論点をえぐり出して投げつけてくる。誰の影響かも不明だ。まず社会主義国家の崩壊。アメリカ資本主義の矛盾。日本の司法(田中角栄問題など)、日本の教育(戸塚宏擁護など)、日本の税制(消費税など)、フィリピンの独裁(マルコス)。そうすると高校生くらいの読者(当時の私など)がみると、それらの真偽の区別はまったくわからず、なにもかもが混然としていて、ただものすごい勢いでそれっぽいことを言っている人、世間では敢えて言わないことを言う人、に見えるのである。そこが彼の魅力であり、本が売れた理由だろう。単にすごく偉い学者が、難しい理論を、一般人にもわかるように噛み砕き力説してみせた、だけではない。

だから私が小室直樹を書くとしたら、学者や学説を崇拝するな、疑え、丁寧に分析せよ、他者から受けた影響と本人独自の直感洞察を見分けろ、というような主旨のものを書くことになろう。それは小室直樹がカッパ・ブックスから出した本とは完全に真逆な本であるから売れるはずがないのである。

なぜ小室直樹があれほど田中角栄を愛したかといえばやはりそれは小室が会津の出身であり、山一つ隔てた越後から出た角栄が宰相にのぼりつめて日本の戦後高度経済成長を成し遂げた人であったからだろう。好き嫌いというものは大事だ。好きであればこそ、世間の風評を突き抜けた先の真理にたどり着けるのだから。

ところで、どちらかといえば崎門学とはさほど関係なさそうな書の解説「保建大記打聞」を谷秦山はなぜを書こうと思ったのか。内容を理解して書いているならともかく理解してないのに書いているのがあやしいのである。

保建大記打聞一(谷秦山の弟子による序)
師(谷秦山)曰く、吾も人も日本の人にて、道に志あるからは、日本の神道を主にすべし。其の上に器量・気根もあらば、西土(もろこし)の聖賢の書を読みて、羽翼にするぞならば、上(うへ)もないよき学なるべし。是れ、舎人(いへひと)親王(『日本書紀』を編纂した舎人(とねり)親王のこと)の御本意、恐れながら吾等、内々の志なり。然るに今の神道者は、西土の書に疎くて文盲なり。儒者は人の国を贔屓し、吾が国の道を異端のやうに心得て誹(そし)り、各(おのおの)異を立てて湊合(集合)根著(根付く)せず。学風が薄く猥(みだ)りにして、見るに足らぬぞ。吾これを憂ひ、内々同志と講習して、天下の学風の助けにもなるやうにしたいと思へども、山崎(闇斎)先生は過ぎ去り給ひて久しく(天和二(一六八二)年死去)、浅見安正(絅斎(けいさい)。闇斎門下)は晩年神道に志は出来たれども(垂加神道に従わず闇斎と疎遠になったが、闇斎死後神道に興味を示し、闇斎説を継承したことを言う。正徳元(一七一一)年死去)、やうやう一両年のうち卒去めされて、うしろだてだにすべい先輩なく、其の外、名ある学者たち、多くは斉の国、魯の国の詮索を第一にして、吾が国に懇切なる志無く、または神道を尊敬はせらるれども、未伝授なり。其の外は詩文の淫華に愛(め)で、どれこそ取るに足らぬぞ。平生、是を気の毒に思ひをりたに、このごろ不慮に此の書(保建大記)が出たぞ。是ほど珍重なことはない。古今珍しい書ぞ。是こそ神道を大根にして、孔孟の書を羽翼にしたと云ふものぞ。さるによって吾、ことのほか信仰する。過ぎ去った人なれども、甚だ味方に思ふて、此の講席を開くぞ。別して本望千万ぞ。栗山氏の師授淵源は知らねども、両巻とも論に間然することはないと見へた。先賢にも愧(は)ぢぬ見識、後学の良き矜式(きょうしょく)(手本)なり。日本の学者は、ただこのやうに学問をしなすべいものぞ。千万祈祝の至りなり。

この序文を見るに、おそらく、山崎闇斎、浅見絅斎が没したあと、崎門を率いる先達としては谷秦山くらいしか残っていなかった。そこで崎門の門人らは、強いて谷秦山に保建大記を講義してもらってこれを出版し、崎門学を広め強固にしようとしたのだろう。これだけのものを口述筆記するというのは並大抵ではない。つまり、当時の名も無き崎門学者の中に非常に優れた編集者(おそらくは熱心な神道家)がいたということなのだと思う(ガウタマ・シッダルタの弟子にサーリプッタやアーナンダがいたように。イエスの弟子にパウロがいたように。孔子の弟子に無名の筆記者がいたように)。

其の外は詩文の淫華に愛で、どれこそ取るに足らぬぞ。平生、是を気の毒に思ひをりたに

うっかり読み過ごしてしまうところだが、この、「詩文の淫華に愛で」とはなんぞや。「打聞」が出たのは1720年なので、漢学や詩文にばかりかかずらって神道をないがしろにした荻生徂徠を暗に批判しているようにも思える。「平生」「気の毒に思ひをりた」のは誰か。谷秦山ではあるまい。頼りなさげな彼を師と仰ぐ崎門学派の門下生らだったに違いない。

神道を大根にして、孔孟の書を羽翼にした

孔孟の書を大根にして、神道を羽翼にしたのが徂徠であった。

さらに言えば、崎門は経典を、崎門学の聖典を必要としていたのだ。山崎闇斎、浅見絅斎らは、気合は十分だったが、彼らの書は必ずしも経典にふさわしい体裁を備えたものではなかった(国学者らが「古事記伝」を経典として必要としたように)。そこで崎門学派の中でめぼしい書を見繕ったときに、「保建大記」がちょうどその目的によろしかろうと目を付けたということではなかったか。実際今や崎門学のバイブルとして第一に挙げられるのがこの「保建大記打聞」なのである。少なくとも平泉澄はそう認識している。それを小室直樹は鵜呑みにしている。

吾も人も日本の人にて、道に志あるからは、日本の神道を主にすべし。其の上に器量・気根もあらば、西土の聖賢の書を読みて、羽翼にするぞならば、上もないよき学なるべし。

日本の学者は、ただこのやうに学問をしなすべいものぞ。

崎門学徒にとって崎門学とはかかる学問でなくてはならなかった。栗山潜鋒はしかしそんなことは必ずしも主張しなかったし、そういう目的のために「保建大記」を書いたのでもなかった。「保建大記」を虚心に読めば明らかだ。

山崎闇斎、浅見絅斎、山鹿素行、彼らはみな、日本が主となり、中国が副となるような思想宗教が正しい、日本の学者ならば日本を主とし中国を副とする学問をすべきだ、という結論が先になければならぬと主張するが、それはすべて中国に対する劣等感の裏返しに過ぎない。

栗山潜鋒も同じようなことを言ってはいるのだが、彼は相対主義者であって、闇斎、絅斎、素行は絶対主義者だった。潜鋒は明確に、地球上のどの地点も世界の中心たり得る、中国人は中国が中心だと考えればよく、同じ様に日本人は日本が中心であると考えればよいと言っているだけだ。闇斎、絅斎、素行は日本こそが中華で中国は田舎である、日本が偉く中国が劣っていると主張している。そこが根本的に違う。

世に学者が現れると弟子が集まってくるものである。漱石を慕って集まってきた、芥川龍之介などの文人らもまたそうだ。なぜ学者が現れるかと言えば時代がそうした学者を必要とするからであり、学者が自分の力で世に出るのではない。宣長の場合も同じだ。

社会が、時代が、弟子たちが期待する師と、実際の師は乖離している。その乖離がはなはだしかったので、宣長は容易に理解されなかったし、いまだに理解されていない。それは宣長のせいというよりも、宣長をありのままに受け入れられない世の中が悪いのだといえる。宣長は決してこむつかしいわかりにくい超絶理論を他人に押し付けようとしたのではない。

預言者は郷里に容れられぬというが、モーセもまたイスラエル人を率いてイスラエル人に理解されなかった人だっただろう。

世の中にすんなり受け入れられるのは普通の師である。そうした場合、師が何か言う前に人は師が何をいうかすでに知っている。しかしそうしたわかりやすい師というものは結局何も言っていないのと同じだ。一方でわかりやすくない師というものは永遠に人に理解されない。ただ世の中の都合で曲解されるだけなのである。

栗山氏の師授淵源は知らねども、両巻とも論に間然することはないと見へた。

今から思えばこれも、「打聞」編集者自身潜鋒の考えは、山崎闇斎、浅見絅斎の教えとは直接関係ない、ほんとうは何が言いたいのかは自分らにもわからんと白状しているようなものではないか。

北斗の拳実写版

北斗の拳実写版を見たので書いておくのだが、1995年に作られたものらしいが、CGが一切使われていないのはすがすがしかった。鷲尾いさ子だけ日本人であとはアメリカ人か香港人らしかった。

アクションは全体的に非常にみごたえがある。いきなりトンファーがでてきたりするのがなんでも有り感がすさまじいが、ケンシロウと南斗神拳のシンの戦いのラストシーンのトルネードキックはなかなかすごい。でもおそらくこれはワイヤーアクションを使っていてゆっくり撮ったものを早回ししたりして、何度もリテイクを繰り返してキめてあるのだろう。ブルース・リーやジャッキー・チェンなどではそうしたごまかしはさすがに使われていないのだろうが、これはこれでありだろうと思う。筋肉もすごく鍛えてある。

アメリカ人が北斗の拳と言い張っているカンフーもののマッドマックスに過ぎないのだが、それはそれとして楽しめる。二度見るかといわれればみないだろうが、最後まで一気にみれたのは面白かったのだろうと思う。

今はボディービルもカンフーアクションも研究し尽くされていてもっとすごいものをセミプロくらいでも作れるのかもしれない。技術の進歩というものは味気ないものだ。