菊池寛の無名作家の日記を楽しく読んでいるのだが、たぶん私は菊池寛が好きなのだろうと思う。この作品に関していえば、京都帝国大学の学生になったのと、これを書いたので多少の時間のズレがある。菊池寛はこれを書いたときすでに「父帰る」で人気を博していたはずだし、同時に「忠直卿行状記」も書き、翌年には「恩讐の彼方に」も出している。
俺は将来作家としてたっていくに十分な天分があるかどうかという不安だ。少しの自惚も交えずに考えると、俺にはそんなものが、ちょっとありそうにも思われない。東京にいる頃は、山野や桑田や杉野などに対する競争心から、俺でも十分な自信があるような顔をしていた。が、今すべての成心を去って、公平に自分自身を考えると、俺は創作家として、なんらの素質も持っていないように思われる。
俺は、文学に志す青年が、ややもすれば犯しやすい天分の誤算を、やったのではあるまいかと、心配をしている。このことを考えると嫌になるが、青年時代に文学に対する熱烈な志望を語り合い、文壇に対する野心に燃えていた男が、いつが来ても、世に現れないことほど、淋しいことはない。俺も彼らの一人ではあるまいかと思う。人生の他の方面に志す人は、少しぐらいは自分の天分を誤算しても、どうにかごまかしがつくものだ。
京都にいた頃はそうした不安な気持ちになったかもしれないが、これを書いた頃の菊池寛は自信満々だっただろうと思うとかなりおかしい。自伝的でありながら「無名作家の日記」としているところもかなりおかしい。そもそも芥川龍之介とこんなふうに頻繁に手紙をやりとりしていること自体が、かなりの自慢話のように思える。30才であれほどの地位を確立しておいてなんの不満があろうか。60過ぎても何の評価も得られぬ私のようなものもいるのだ。
ただ菊池寛にはどこか自分が通俗小説ばかり書くやつだという負い目があったのかもしれない。
国枝史郎は菊池寛とほぼ同じ頃に似たような小説を書いているけれども(似てるかどうかはともかく時代感覚が良く似ている)やはり菊池寛のほうが気持ち良い。実際にはそんな気持ち良い人間ではなかったのだろうが、他の作家のほうがもっとひどいってことはいえるのではないか。国枝史郎は確かにうまいのだが、誰かの真似をしてそれをもっと刺激的にしただけのような感じもある。
それはそうと google adsense のしつこさはますますきつくなっていく。PCで見るとそうまででもないが、スマホで見るとどれが広告でどれが地の文かもわかりにくい。儲けはほとんどないのだから自動広告はなくそうかという気になっている。そのほうがせいせいする。
どうも自動広告のテストのせいで余計に広告が出るようになっていたらしい。テストを停止し、自動広告も自動最適化もやめる。実に腹立たしい。
実にすっきりした。adsense も楽天も固定位置に1つずつ表示するようにした。本来こうあるべきだったのだ。