完訳ジーナ

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ヨハンナ・シュピリ『ジーナ』。完訳といっても gemini の力を借りてやっとできたものではあるが、これもずいぶん前から手を付けていて果たせなかったもので、今回一気に翻訳できて感無量だ。私がジーナの翻訳を意図したあとで、英訳は出たらしいのだけど(それは敢えて読んでない)、邦訳はまだないはずだ。まだ図版やリンク、語句の統一などこれから整える作業はあるがとりあえず訳は終わったので公開する。

私はかつて『ヨハンナ・シュピリ初期作品集』というものを出版したのだけど、この時もgoogle translate を使い、ドイツ語から日本語に直接訳すのはクオリティが低いので、ドイツ語を英語に訳して、英語を自分で日本語に訳すというてまひまをかけていた。

同じやり方でジーナも訳そうとして、原文のフラクトゥールの文章をテキストデータに文字起こしするところまではやったのだがその作業は 2019年で止まっていた(現在、デジタル化されたデータは projekt-gutenberg で見ることができる。脱力。ましかし、これで原文は完全なパブリックドメインであることが明らかになったわけだ)。

2012年にはすでに、ハイジの原点を著した川村隆氏によるヨハンナ・シュピーリの『ジーナ』―女性の大学教育と職業をめぐる葛藤があり、また2025年には新たに新本史斉氏がヨハンナ・シュピーリ『ジーナ』,あるいは,「牧歌」の破綻が拓く思考空間を世に問うている。

Goethe University Frankfurt というところに図版付きの pdf があったのだが、これは外部公開文書なのかどうか判然としなかったので、ここから図版を利用することはやめにした。

【注意】以下、ネタバレを含む。

それでまあ、ちょこちょこ機械翻訳するなどして、だいたいのあらすじは知っていたものの、今回全編を通読して、改めていろいろとわかったことがある。

まず、これは、彼女の初期作品、つまりハイジ以前に書いていた短編集を全部一つにつなげて長編にしたという形のものである。そう言って間違いないと思う。ハイジとはあまり似てない。もちろん似ている部分もあるが、傾向は違う。白水社の『スピリ全集』におさめられた、どちらかといえば、ジュヴナイルというより童話に近い話とも違う。また、シュピリの伝記などを読んで、彼女のバイオグラフィーに詳しい人ならば、この作品がシュピリ自身のことや、友人らの実話を多分に含んでいることも感じられると思う。特に、主人公ジーナのキャラクターはシュピリ本人のものとかなり重なるであろうし、ジーナのおばあさんというのも、シュピリの母メタ・ホイッサーを反映したものであろう。

シュピリの異様な話の引っ張り方には呆れた。そして最終章でいきなりクレメンティの告白であっけなく結ばれるのにも呆れた。いまどきの恋愛小説なら、こういう比率にはしない。お互い、相手の気持ちに気付いてからも、いろんな恋敵が現れてどろどろの愛憎劇が続いていき、最後には結ばれる、あるいは、結ばれるがまたそこから延長線が始まるところである。

このシュピリの物語展開は昔話に似ている。いろんな苦難を経て、最後は王子とお姫様が結婚してめでたしめでたしで終わる。それにそっくりだ。つまり極めて古典的なのだ。

また、一度は医師を志し、医学部の学生になったのにそれを途中で放棄して語学教師になり、それもまたやめて、医者の妻になり家庭に安住するという話の持って行き方。このいかにも美談として仕立てられた、ハイジを書いた大作家シュピリによる小説が、女性解放運動家たちに忌み嫌われた理由もわかる。この小説はドイツ語では美麗な図版入りの本として出版されながら、近年まで英訳すらされなかった、その理由も同じところにあるのだろうと思う。

オスカーとジーナは相手に連絡を取ろうともせず自ら会いに行こうともしない。むしろどちらも相手を極力避けようとする。しかし偶然のいたずらがいくつも重なって二人は出会ってしまう。これも普通の恋愛小説からはかけ離れている。二人は、利己的で衝動的な恋愛感情によってではなく、神の思し召しによって結ばれた、としか解釈のしようがない。シュピリはそういう恋の駆け引きというものを絶対に書きたくはなかった。しかし、宗教説話にもしたくはなかった。だから運命とか偶然によって無理やりストーリーを展開させ終結させている。これは、現代的なストーリーテラーとしては、たぶん全然失格なのである。人間の能動的な意志の力で逆境を乗り越え、運命を切り開いていくのを描くのが、今時の映画であり、はやりのナラティブであって、それを書けるのが作家の筆力というものではなかろうか。ハリウッドはまさにそうだ。エイリアンにせよプレデターにせよマトリクスにせよみんなそういう仕掛けになっている。

しかし20世紀後半には超能力が流行り、今はご都合主義の異世界転生やら、架空世界での魔法と奇跡の話が蔓延しているのだから、大した違いはないとも言える。

今回こうして邦訳を、ハイジに慣れ親しんできた人たちにも読んでもらって、シュピリという作家の本来の、より正確な姿が(フェミニズムとかコンプラなどの現代思想に邪魔されずに)、多くの人々に認識されることを願っている。

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