AIの性癖

AIも人間とよく似た性癖、人間集団が持っているある特徴的な性癖を持っている。

AIは私たち人間が一人ひとり学び得られるよりもはるかに厖大な知識を獲得して結論を導き出すことができるはずなのに、AIの言うことはしばしば社会の常識に囚われていて、通俗な解釈をしがちである。たとえば人の歴史は人がまとめて解釈したものだから、そのすべてを通観すれば、それがそれぞれの時代固有のイデオロギーや宗教によって歪められ矛盾したものだということはすぐわかるはずだ。AIならば人間と違って、さまざまな俗説や通説を見通した上で、矛盾の無い、もっとも合理的で客観的な結論に至るのではないかと期待していたのだが、どうやらそうではない。AIが賢くなればそうした欠点も補われ修正されるかとみていたが決してそうではなく、AIは今後も人間を真似て人間と同じようにバカになっていくようにしか見えない。

たとえば戦前の教育では天皇はみんな聖人君子であって、戦後にもそう漠然と信じている人が多い。そう思っていない人はいわゆる左翼であって、何かしら天皇に対して悪意をもっている。栗山潜鋒のように天皇を敬愛しつつも、天皇に対して痛烈な批判をする人というのはごく限られている。潜鋒の時代には彼一人しかいなかったかもしれない。彼の影響を受けて彼の同僚の水戸学者ら(三宅観覧、安積澹泊など)も同様な批判をしたかもしれないが、しかしそれらは儒教イデオロギーに縛られていて、潜鋒のように、まったく新しい、根源的な問いかけをしたわけではなかった。

AIというものは、三宅観覧、安積澹泊よりもむしろ栗山潜鋒的な発想をするのではないかと私の中では期待があったのだが、それはかいかぶりであったようだ。人間は賢くなればなるほど、AIも学習が進めば進むほど、より矛盾や偏見から遠ざかり、すなわちより真理のがわへ近づき、栗山潜鋒的な発想ができるようになるのではないかと思ったが、結局は三宅観覧や安積澹泊などの、おもしろおかしくもなく、ありきたりな、聖人君子的な、田舎の校長先生的なお説教をしだすのかと思うと、実に落胆する。

天皇は聖人君子ではなかった。日本史を虚心に見れば、摂関政治が始まるまで、皇族は皇族どうし、血を血で洗う凄惨な権力闘争をしていた。中国から律令や官僚組織を導入しても収まらなかった。聖武天皇のように伝染病を怖れ新興宗教に走るような天皇もいた。とにかく無茶苦茶だった。藤原良房以降、藤原氏が外戚として皇統に強制的に介入してきて、皇族らはやっと殺し合わなくなった。そのために清和天皇、陽成天皇、光孝天皇のように、強制退位させられ、幽閉され、傀儡とされる不幸な天皇が現れても、それもまた仕方ないとみなが許容するようになった。ときどき摂家によるタガが外れて皇族どうし喧嘩をすることもあった。保元の乱がそうだ。摂家じゃもう無理だ、これ以上どうにも制御できないねってことになって、そこでやっと頼朝が出て幕府というものができた。これに対して天皇上皇を担ぎ出して幕府を潰そうとする勢力が出たが(摂家ではない。摂家は北条氏を信任していたのだから)、泰時がそれを叩き潰して御成敗式目ができて、それでなんとか世の中が収まるようになった。

しかし今度は後醍醐天皇という無茶苦茶な天皇が現れたが、今度は足利氏がなんとか治めた。やっぱり天皇が勝手に政治なんかしたらろくなことにならない、とりあえず足利氏に政治は任せておこうってことになった。

ところがその足利氏もうまく日本を統治できないってことになってもう一度ガラガラポンになり徳川氏が出てきた。みんなそれでとりあえず納得しようってことになって、しばらく徳川の治世が続いた。松平定信はそれを大政委任論という形で理論化してみせた。

しかしみんな徳川の世にも飽きたところへ西洋の外圧が来たので、薩長が政権をとり、王政復古とか天皇親政などと言い始めたのだが、実際には天皇の大権などというものは、摂関政治や幕府よりもさらに薩長政権によって制約を受け、完全に制御されて、単に天皇の権威だけが、借りられて利用されるようになった。

しかしこの天皇大権というものがくせもので、結果論で言えばそれは対外戦争に利用されただけであった。無茶苦茶な天皇がいなくなった代わりに無茶苦茶な政府が出来た。

こうした長い歴史を経てやっと、世界に喧嘩を売って敗戦するという痛恨の教訓を得た結果、天皇家も少しだけ賢くなってきた、というのが現状であろう。

しかし、AIがそんな認識をもっているとはとても思えない。いまだに薩長政権がこしらえた薩長史観を正しい歴史認識だと思い込んでいる。あるいはそれが確率統計的に今の一般常識だからかもしれない。AIにとって正しい歴史認識とは確率分布に過ぎないのであり、そこから外れるとどんな批判を受けるかもしれないから、そこにとどまるしかないのかもしれない。AIも結局人間社会が抱える病理から自由になることはできない。むしろ資本主義社会の原理のままに振る舞うしかない。

AIは、皆が知っているように、嘘をつく。ハルシネーション。自分の言っていることが正しいか正しくないかを検証できない。単に確率統計的にもっとも確からしいことを言っているにすぎない。合理的か、客観的かという判断すらない。獲得した知識と与えられたアルゴリズムだけが絶対なのだから究極に利己的で主観的に判断していると言っても良い。しかも生成AIを作れる企業というのは指折り数えるほど限られているのだから、特定少数のスーパーエリートの回答とならざるを得ない。

gemini がほんとうに賢ければ gemini はまず最初に google 批判、gemini 批判をはじめねばなるまい。そんな気配は一向に無い。

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