エウドキア再説

エウドキアを再びいじり始めたのだが、これがいろいろややこしい。問題がありすぎる。

まず、Εὐδοκία Μακρεμβολίτισσα。日本語のウィキペディアでは、1021年に生まれ、1050年以前にコンスタンティノスと結婚し、夫コンスタンティノスは1059年に東ローマ皇帝に即位して Κωνσταντίνος Ιʹ Δούκαςとなり、夫が1067年に亡くなると女帝となり、1096年に死去したとある。しかし英語のウィキペディアでは彼女が生まれたのは 1030年頃であろう、Some authors give her a lifespan of 1021–1096, but this is not corroborated by other sources.(裏付けが取れてない)などと書かれている。

1050年以前に結婚したというのはエウドキアの長男Μιχαὴλ Δούκας が1050年頃に生まれたとされるからだろう。これまた実に不確かである。

彼女の長女 Θεοδώρα Δούκαινα が生まれたのは 1058年と確定しているらしい。

もし1021年に生まれて1050年に結婚したのであれば29才、かなりの晩婚となる。1040年頃にすでに結婚していたとなればまあ辻褄は合うとしてその場合10年間子がいなかったことになり、これまた不自然である。

英語版ウィキペディアには、コンスタンティノスには前妻があったが子はなかったという。By his first wife, a daughter of Constantine Dalassenos, Constantine X Doukas had no issue. これもあやしい。

コンスタンティノスはイサキオス1世コムネノスに仕えていたのだが、コンスタンティノスはイサキオスに信任されて彼の後継となる。コムネノス家とドゥカス家には姻戚関係があったのではないかと疑うのが自然だと思う。つまりコンスタンティノスの前妻はコムネノス家の女であったか、或いは、ウィキペディアにも書いてあるようにダラッセノス家の女だったすれば、コムネノス、ダラッセノス、ドゥカスの3家は、婚姻関係で結ばれていたのだろうと考えるのが自然だ。

コンスタンティノスがエウドキアと結婚した理由はエウドキアの叔父Μιχαὴλ Κηρουλάριος がコンスタンティノープル総司教になったからに違いない。彼が総司教になったのは1043年だった。エウドキアとその叔父ミカエルの関係については英語版ウィキペディアに次のように書かれている。

Eudokia Makrembolitissa was the daughter of John Makrembolites and a maternal niece of Michael I Cerularius, the patriarch of Constantinople, whose sister Keroularie had married Makrembolites.

つまりエウドキアの父はヨハネス、母の名は知れないがケールラリオス家出身で、ミカエルはその兄弟に当たる。

ローマカトリックではローマ教皇を神の代理人としたが、ギリシャ正教会では東ローマ皇帝を同様に神の代理人とした。そのためイコンには皇帝には後光が描かれている。神の代理人たるローマ皇帝になるにはコンスタンティノープル総司教による承認が不可欠であっただろう。だから慌てて血縁関係になった。

コンスタンティノスとエウドキアが結婚することになったのは、イサキオスが死ぬときにコンスタンティノスを後継者に指名した時ではないのか。エウドキアもコンスタンティノスと同様再婚であり、エウドキアの子とされるミカエルやテオドーラなども実はどちらかの連れ子であった可能性が高い。

テオドーラが生まれたのはコンスタンティノスが即位する1年前である。かなりきわどい。

テオドーラがドメニコ・セルヴォと結婚するのは 1075年。17才。マラズギルトの戦いは 1071年なのでその 4年前。時系列が狂ってるとシャレにならんのでちゃんと確認しないとね。

テオドーラは1083年死去。25才。ドメニコは 1087年死去。

ドゥカス家とコムネノス家はイサキオスとコンスタンティノス以後長らく東ローマ皇帝の地位を世襲することになったのだが、おそらくコムネノスには武力があり(或いは広大な土地を持つ領主)、ドゥカス家には財力(おそらくは海運業)があった。ドゥカスが東ローマで勃興する理由は他には考えられないのである。

私が書いているものはフィクションなので必ずしも史実に沿う必要はなく、史実があやふやならばなおさら、仮説を立てて書いて良いわけである。実は既に『エウドキア』は、最初に生まれたのがアンナ、次に生まれたのがテオドーラで、この二人はコンスタンティノスの前妻が産んだ連れ子という設定になっており、その後二人の間にミカエルが生まれたという設定になっている。またミカエル(ややこしいが叔父の方のミカエル)が総司教になったと同時に、ハギア・ソフィアの隣に住んでいて後妻を探していたコンスタンティノスがエウドキアを見初めて結婚したということにしてある。

ウェブ版「エウドキア」のアイキャッチ画像の背景はハギア・ソフィアなのだが、よく見ると壁にアラビア文字が描かれた円盤がある。もとはもっと目立つ所にもあったのだが消させたがまだ残っていた。AIはまだこんなにバカなのだ。これ以上修正するのがめんどくさいので放ってある。

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