鴨宮

鴨宮あたりをうろうろした。鴨の宮というからには京都の賀茂神社を勧請したものかとおもったが実際そうであった。賀茂真淵は浜松に住んだが、彼も賀茂神社系なので、賀茂族というのは、山城盆地が発祥であるのはほぼ間違いないだろうけれども、平安京遷都とともに東の方へ勢力を拡大していったのかもしれない。

神明神社というのもあったが見た目が全然神明造りではない。しかし創建が寛永というから寛永寺と同じ頃、つまり家光の時代に出来たというのだから、関東にしてははなはだ古い。長い間に完全に関東風の習俗に染まったということだろうか。

小田原駅前の銀座ライオンに行ったのだが、地元小田原料理が多くてけっこう楽しめた。もっとランチタイムから小田原料理食べれますみたいな宣伝すれば売れるだろうにと思った。駅前の一番目立つところにあるのにもったいない気がした。東華軒のこゆるぎ茶飯なども食べた。できるだけ人のいなさそうなところを歩き回った。連休だが台風がきそうだったので早めに遊んでおいた。けっこう飲んで食ったのに体重が減っていたので、やはり運動は大切だなと思った。

組織

またまた当たり前のことを書いてしまうのは adsense、楽天アフィリエイトなどを始めて収益化というものの実情を実体験として知ってしまったからなのだが、個人は弱い。人はみな学校へ行き、大学に進学し、企業に就職するのはみな組織に属するためだ。フリーランスや作家なども一人で仕事をしているようにみえるが、実は組織に取り込まれているから活動できるわけで、ほんとうに個人で仕事ができているわけではない。個人で仕事しているようにみえるユーチューバーだって google という胴元に仕切られて、youtube という土俵の上で興行しているのだから、全然個人ではない。

自分もまた今属している組織のおかげで生きていられる。家族があり、国ができて、株式会社というものができて、そうした非効率で時として不合理な組織というものにしがみつかなくてはならないのは、個人に比べれば圧倒的に有利だからだ。組織に所属するためにどれほど努力を積み重ねてきたかは遠い昔のことで、組織に縛られているのは今なので、組織というものの窮屈さばかり感じながら日々を送っているけれども、結局組織からは逃れられない。組織から逃れて個人になろうとしても結局 google などの支配からは逃れられない。牢獄の外もまた牢獄なのだ。逃げ出した外にも逃げ場はない。ほんものの世捨て人となって仙人のように暮らす以外この組織というものから逃れる方法はないのだが、そうなると医療や福祉やその他のサービスも受けられないしそもそも執筆活動もできないので、ヒマが潰せない。